歴史学者の気概
新聞の書評に、
『人は歳(よわい)を重ねるとともに古の出来事に関心がでてくるもの。自分自身にも歴史が刻まれていくのだから、自然の理(ことわり)である。歴史学の在り方を考えさせる迫力もあり、心から愉しめる歴史書である』とあった。
そういうことか、と思う。
磯田道史著”歴史の愉しみ方”である。
磯田氏は岡山出身で、岡山藩のこともよく出てくる。
古文書で真実を探し出すのが好きで、一般に歴史として知られていることの裏事情などを発見し、歴史上の人物の意外な面が捉えられたりしておもしろい。
映画になった『武士の家計簿』は、偶然、古本屋で見つけ、分析して本に書いたものだという。
伊賀、甲賀の忍者の子孫を尋ね歩き、忍者の本当の姿を探ったり、
坂本竜馬が暗殺されるまでの、会津藩重臣の会話情報を記録した日記を読み解いて、思いがけない事実が見えたりする。
硬い歴史学者にとどまらないところがいい。
東北大震災のときは、東京のマンションの5階に居たが、揺れがおさまると、消火器をつかんで、手に下げ、
「火の回りは大丈夫ですか!」
とマンション内を大声で叫んで回ったという。
この、地震の最中に消火器を持って歩くことが、人を火から救う正義の味方になったような気分になれて、かなりの快感であったそうな。
東日本大震災のあと、自分に何ができるか考え、次の巨大地震津波に備えるため、特技の古文書の情報を集めることにした。
そのために勤務していた大学をやめ、東海地震の被害が想定される浜松の県立大学に移ったというから、かなりの本気度である。
そこで歴史地震の古文書を捜し、講演等で県民に訴えるつもりだという。
学問の府から実社会に出て、啓蒙活動を行おうと決心したのは、
福沢諭吉の「学者は一人で日本国を維持する気概が要る」という言葉に心底感動したからだという。
そして、物理学者で文学者でもある寺田虎彦が、『津波と人間』の中で、
「自然ほど伝統に忠実なものはない」といい、
「地震や津波は・・・頑固に、保守的に執念深くやってくるのである」書いた。
まだ42歳の、前途有為の若い歴史学者が、身を投げ出して、国難に取り組もうとしている。
この本は、”歴史の愉しみ方”以上に、巨大地震津波に対する備えを訴える啓蒙の書である。
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