「舟を編む」と「地下鉄(メトロ)に乗って
本屋へ行って、時間があるとき買っていて、手をつけずにいる本がある。
このところ、漱石に関する本ばかり読んでいた。小説のモデルは誰か、とか、漱石の周囲に居た人たちが漱石について書いている本とか。
気が向いて、ずっと前に買っていた、三浦しおんの「舟を編む」と、浅田次郎の「地下鉄(メトロ)に乗って」を読んだ。
どちらも面白かった。
話がどう展開していくのかと、早く先が知りたくて、食後にもすぐページを開きたくなるほどだった。
「舟を編む」は、辞書作りに13年もの歳月、情熱を傾けて、ついに辞書を完成させる風変わりに見える人の話。
辞書作りの、気が遠くなりそうなほどの苦労話が盛り込まれている。
淡いクリーム色の、ヌメリ感のある紙、こだわって完成させた辞書という書物に、こちらまで、いとおしさを感じるようになる。
「地下鉄(メトロ)に乗って」は、SF的な構成になっている。
主人公の父親で、成功して大企業の社長となっているが、家族には情け容赦もない、憎むべき人間と思われている。
が、戦争という過酷な時代を生き抜く苦労の間には、人助けのようないいこともすれば、どうしても力の及ばなかったこともある。
そうした悔悟のような念が、本人をいらだたせ、性格破綻者のような行動となっていることを、SF的に過去を見せることで、主人公に教える。
そうして生きている父も、戦争の被害者だと知り、しがない商売をしている主人公は、父の子だから父のように生きる、と、父を肯定する。
印象に残る人物像だ。
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