「今が幸せ」
夜一日の家事を終えて、友達と電話で話す。
私は買い物以外はあまり外出しないが、一人暮らしの友達は趣味に、ボランティアに、講習会に、体力づくりにと積極的に出かけ、忙しい日々を送っている。
そして「今が一番幸せだと思う」と言っていた。
ご主人を定年後すぐに亡くされたのは一番不幸なことであったのに違いない。
でもその後、ご主人に十分尽くせなかったからと、お寺のお手伝いをし、写経もずっと続けている。
人生にはその時々に、いろんな絶頂期がある。
体力、容貌の衰えなどはジワジワと押し寄せるから、歳とともに自然に受けいれられる。
見栄や虚飾でなく、価値あるものが何であるかの判断も備わってくる。
友達が「今が一番幸せ」と思うのは、心のありようが、今が一番いいと思っているからなのだ。
私が過去を振り返っても、若い頃は身勝手で傲慢な自分があって、思い出して恥ずかしいことはいっぱいある。
今現在は、親も亡くなり、長年生きてきただけ、世の中の悲しいできごともいっぱい見つめてきた。
そうした様々な経験が、ものごとを少し高いところから見させ、少し大きくとらえさせるようになっていると思う。
友達の老人ホームでのボランティアを「手助けしてあげているのではなくて、自分が助けられている」というのは本当のきもちだと思う。
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